朝霞万里絵VS浅上藤乃

63 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/21 22:46
朝霞万里絵VS浅上藤乃 導入
 
 日比城市、今この街は連続猟奇殺人犯の話題で持ちきりだ。
 尋常ならざる力で千切られ、ぶちまけられていた死体達。
 どう見ても、人間の力でなし得る事ではない。
 猛獣の仕業ではないかと噂されるその事件を、しかし別の視点で見ている者達がいた。
 
 矢神遼と朝霞万里絵。
 彼らは超古代文明イェマドの遺産によって引き起こされる事件――暴走と言ってもいい――を解決し続けていた。
 そんな彼らは、この連続殺人事件の裏に普通は見えない遺産の影を見ていた。
 
 すぐさま二人は独自に調査を開始。
 だが、繁華街の裏側で形成されているコミュニティは思いの外閉鎖的で情報収集が遅々として進まない。
 数週間を経て、氷澄達の手まで借りてようやく手に入れた情報は、礼園女学園の制服を着た少女の影だけ。
 だが、他に手掛かりがない以上、それに縋るしかあるまい。
 
 そこに問題が二つあった。
 まず、全寮制であり、滅多なことでは中の生徒が外の世界に出てこないこと。
 それだけなら潜入して調査に乗り出せばいいことなのだが、更に大きな問題が一つ。
 女学園と言うだけあって、徹底して男が入り込む余地がない。
 
 それはとりもなおさず、万里絵が単独で潜入調査に乗り出さざるを得ない事を示唆していた。
 
 何処から調達したのか、礼園の制服を着て素知らぬ顔で礼園の一員になりすました万里絵。
 本来全寮制というのは内部の結束が強く、全員が顔見知りであったりして紛れ込むのは容易ではない。
 そこは学期明けから編入するという言い訳と、誰とでもうち解けられる性格で何とかうやむやにしてみせた。
 教師に密告なり何なりで知られたら即アウトだろうが……。
 
 数日の間、朝早くに潜入して消灯時刻には脱出するという生活サイクルを繰り返して、情報や内情を探る。
 とりあえず、夕方頃には学習室に多くの生徒が集まるらしい。
 そこで少し博打をしてみようと万里絵は考えた。
 もっとも、夏休み中は帰省している生徒が多いらしいので、空振りに終わる可能性は覚悟していたが。
 
 夕方のおしゃべり。
 学園外部からの珍客である万里絵の話す内容は、内部からほとんど出ることのない少女達には強い興味の対象になる。
 他愛のない話から都市伝説、噂話までを万里絵はそれがさも面白おかしくなるように脚色して話す。
 いつしか、辺りの少女達は万里絵の一挙手一投足から目が離せなくなっていった。
 
(そろそろ、切り出しても大丈夫よね?)
 
 こういうのは、タイミングだ。
 早すぎても白けるし、遅すぎるときっかけを失う。
 一瞬の逡巡を誰にも悟らせる事なく、自然に万里絵は次の話題を口にした。
 
「ところで、ついこないだまで辺りを騒がせてた連続猟奇殺人事件って知ってる?」
 
 表情は先刻までと変えないまま、しかしつぶさに全員の表情を観察する。
 いきなり自分に関係のある話を、予想しないところから投げかけれれば誰でも何らかの反応を示すはずだ。
 それを見逃すまいと、万里絵は首を巡らせた。

65 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/21 23:25
朝霞万里絵VS浅上藤乃

あの事件と私と式さんとの死闘から数週間。

私はもうすっかり普段の生活に戻りつつある。
いつもの学校。いつもの先生。それにいつもの友達。
全てが当たり前にあるもので、それが私には嬉しかった。もう2度と手に入れる
ことが出来ない物だと思っていたから・・・。

そして、昔の浅上藤乃がここにある。それが異常者だった私にはどれだけ嬉しい事か。
そう、私だって普通に戻れるのだ。

事件の事は私の罪として一生心に残るが、それは私が生きることで償おうと思う。
それが私ができる精一杯の償い。自分勝手なのかもしれないけれど・・・
私にはそのくらいしか思い付かないから。

 *   *   *

ある日、面白い子がこの学校へやってきたらしい。
とても話し上手で、世間の事をとても詳しく楽しく話してくれる子らしい。
エレベーター式で進学する他の生徒とは別に、私や鮮花と同じく外からやって来た
子らしいのだ。

そんな子はこの学校では貴重な存在。外界から切り離されたこの空間では
外界の情報を知るとても良い機会なのだ。
友人にそのような話を聞き、その子―――万理絵さんと会う事にした。




66 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/21 23:29
>65

噂通りの子だった。

とても面白い子で普通の他愛ない話でもあっという間に楽しい話に変えてしまう。
ただの他人とのコミュニケーションを取る夕方のお話でもこの人がいるだけでも
とても楽しい場になる。
今度、鮮花にも教えてあげよう。きっと彼女も喜ぶはずだ。

そして――話が盛りあがって来た時だった。
その時に彼女がこんな話題を話し始めた。

『ところで、ついこないだまで辺りを騒がせてた連続猟奇殺人事件って知ってる?』

周りの人はまったく知らない様子だった。
だけど・・・私は知っている。知っているというよりも・・・。


――――私が殺したんだ―――

あの忌々しい思い出が脳裏によぎる。
私が陵辱された事を始め、それを切欠に能力を開花させ初めて人を殺した事。
そして、復讐の為に関係の無い人も巻き込んだ事。
式さんとの殺し合い。

     私
      が
       それを
          愉しんだ
               事。


「ご、ごめんなさい。ちょっと席を外します」

ここで立ち去るのは不自然なのだけれど、ここにいたら嫌なことをもっと思い出してしまう。
元々白い顔を更に蒼白にしながら私はその場を立ち去った。


・・・そして、私のその姿を見逃さなかった人物が一人   いた。


68 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/22 00:12
>65>66 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
 万里絵の切り出した話に大半の人間は知らないと返し、一部の人間が知っていると答えた。
 その中に、特におかしな反応をしている人は――いた。
 傍目にも分かるほど、顔色を蒼白にさせた少女が一人。
 この部屋に来た時に、ざっと確認した時にも色白だなという印象はあったがコレは異常だ。
 動揺を隠そうともしない――いや、隠す術を知らないのか。
 
『ご、ごめんなさい。ちょっと席を外します』
 
 その少女は、そう言ってそそくさと学習室を辞していった。
 もちろん、万里絵はその様子を見逃しはしない。
 顔はもう覚えた。
 後は名前と部屋の場所だが……。
 
「ねえ、今の子どうしたのかな?」
 
 去っていった少女の方を見ていた子を適当に一人捕まえて、そう尋ねる。
 案の定、彼女は少女のことを知っていた。
 それとなく名前と、部屋が何処であるかを聞き出す。
 
「浅上、藤乃さんね」
 
 確認するかのように名前を反芻する万里絵。
 もし、彼女が遺産を相続していたら……どうするのだろう?
 
 此処に遼や氷澄達を呼び込む? 不可能ではないと思うが、それは難しい。
 何より、事後の問題の方が深刻だろう。
 少し調べてみたが、此処の閉鎖性はある意味異常だ。
 外界を拒んでいるようにすら見受けられる。
 
 なら、藤乃を外へ連れ出す? それも此処では難しい。
 外から受け入れるのと同様に、内から外へ出るのも容易ではない。
 事前に学園の構造を調べた上で、なおかつ万里絵だからこそ出入りが可能なのだ。
 余分な荷物を抱えて、誰にもばれずに脱出する自信は万里絵にはない。
 
 なら、残る手段は……。
 
(やっぱり、あたしがやるしかないかな?)
 
 見たところ、藤乃に心得があるようには思えない。
 油断せずに不意を付けば、簡単に無力化させることはできるように思える。
 
 だが、だからこそどのような遺産を相続したのかが問題だ。
 人間を、ボロ雑巾でも引きちぎるかのように捻る力……。
 
(考えても仕方ないか。そもそも、まだ彼女が遺産を相続したって確認したワケじゃないしね)
 
 それを確認する為に、夜に藤乃の部屋を訪ねることにした。

69 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/22 00:12
>68続き
 
 
 
 ――消灯時間を経過した寮内、浅上藤乃の部屋の前。
 
 
 
 万里絵は藤乃の部屋の前に立ちながら考えた。
 遺産を使われた場合の可能性をだ。
 常に最悪の事態を想定して行動する、だがそれでも現実はしばしば予想を上回る。
 
 懐にはナイフと特殊警棒、無力化させる為のスタンガンと拘束用のワイヤーを忍ばせている。
 一応、今夜は探りを入れるだけのつもりだ。
 だが、仮にも猟奇殺人犯の疑いがある相手、衝動的に力を使わないとも限らない。
 用心はするに越したことはなかった。
 
(さあ、行くわよ万里絵)
 
 コンコンと、ゆっくりドアを二回ノックして扉の向こうにいるはずの藤乃へ声を掛けた。
 
「浅上さん? 話があるんだけど、いいかな?」 

184 名前:浅上藤乃 ◆3AMAGARE 投稿日:02/04/24 01:04
>69 朝霞万里絵VS浅上藤乃

その日の夜 私は一人、寂しい夜空に浮かぶ月を眺めていた。

もう―――大丈夫だと思っていたのに


誰に語りかけることも無く、一人そう呟いた。
あの日の出来事。
私の罪。

無かった事には出来ない・・・だけど。
私はここにいる。

殺人を愉しんでいた自分。人の腕や足を凶げて、飛び散る血を見つめて
笑っていた自分。そして、それを諭された自分。

私は・・・・・・本当に普通に戻れるのだろうか?
みんなと一緒にここで笑っていてもいいのだろうか?


そんな永遠に抜け出す事が出来ない ――罪に対する自問の螺旋――

コンコン
ドアのノックの音がして我に返った。

『浅上さん? 話があるんだけど、いいかな?』

この声は夕方に会った万理絵さんの声だ。
こんな夜中に?
私はあまり知り合っていない仲と言う事もあり制服に着替え
ドアを開けた。

「あの・・・何かご用でしょうか?」

193 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/24 01:34
>184 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
 ノックからさして間が開くこともなく、ドアの向こうから藤乃が顔を出した。
 時間が時間だし、顔見知りというワケでもないのでやはり気を許してはないのだろう。
 ドアの向こうから伺うような感じで顔を覗かせている。
 
 一応、いきなり閉められても対処できるように気持ち前の方に立つ。
 足を挟んで隙間を確保し、そこに体を差し込めば何とかなるだろう。
 あまり手荒なことはしたくないのだが。
 
「はじめまして、あたしは朝霞万里絵、よろしく」
 
 僅かに首を傾げて、微笑を浮かべながら右手を差し出す。
 
「あたしの話を聞いてくれてたよね? それで、途中で席を外したのが気になって。
 顔色が悪かったみたいだけど、大丈夫?」
 
 もう少し婉曲に外堀を埋めていった方がいいのかもしれない。
 だが、あまり立ち話を長く続けるのも拙いだろう。
 まぁ、チャンスはまだこれだけというワケでもないから焦る必要はないのかもしれないが。
 
「それでちょっと心配になって様子を見に来たんだけど……迷惑だったかな?」
 
 迷惑でない事はないだろう。
 礼園のルールではこんな時間に会話をしているだけでもシスターに大目玉だ。
 だが、万里絵は藤乃を迷惑かと問われてそうだと言えない性格だと断じた。
 逃げ道を封じるようでいい気分はしないが、贅沢は言ってられない。
 相手の目を、気持ち上目使いで見ながら問いかけた。

285 名前:浅上藤乃 ◆3AMAGARE 投稿日:02/04/26 00:06
>193 朝霞万里絵VS浅上藤乃

一人で物思いにふけっていた時、訪問者が現れた。
夕方に話をしていた万理絵さんだった。
確かに嫌なことを思い出す切欠になった人である事には代わり無いが
この人に悪気は無いと思う。
それに、途中で席を立つなんて失礼な事をしてしまった・・・。

『はじめまして、あたしは朝霞万里絵、よろしく』

「あ・・・」
私に微笑みかけて差し出して手を反射的に握手した。
この学校での礼儀作法が・・・と言うよりも由緒正しい家に生まれた者の
条件反射と言う物なんだろうか?
握り返したその手はとても暖かい手で・・・

なんだか理由も無く嬉しかった。

『あたしの話を聞いてくれてたよね? それで、途中で席を外したのが気になって。
 顔色が悪かったみたいだけど、大丈夫?』

――私のこと・・・心配してくれてたんだ。

なんだか涙が込み上げてきそう。
だって私が勝手に話の途中で抜け出してきたにもかかわらずこの人は私のことを気にかけてくれている。
嬉しい・・・こんな私でもこうして良い人と巡り逢える・・・。

そうだ。さっきまで色々と悪い方に考えていたけど―――大丈夫。
だってこんな良い人達が周りにいてくれるんだもの。私もきっと幸せになれる。

こんな私だって―――きっと。

『それでちょっと心配になって様子を見に来たんだけど……迷惑だったかな?』


「いえっ・・・そんなことないです・・・とても嬉しかったです。」

そして、私は万理絵さんの手を握り締めたままドアを開けようとした。
なんて言うのかな?
お人好しというか・・・世間知らずというか。


――――本当に危険に対しても鈍感だな――私って。

293 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/26 00:51
>285 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
(随分素直な子ね……違うのかな?)
 
 直観や思いこみで判断しては真実を見失うとは分かっていながら、つい万里絵はそんな事を考えた。
 何のてらいもなく手を握り返してきた事といい、まったく警戒心なく表に出てきたことといい。
 あまりにも殺人を経験した者が持つ雰囲気……とでもいえばいいのだろうか?
 それが欠落している。
 
 だが、万里絵は決して疑惑を解いたわけではない。
 万里絵にさえ感づかせないほど、雰囲気をごまかすのが上手いのかもしれない。
 あるいは、罪の意識がないという可能性もある。
 これはさすがにないだろうが――そんな生徒が礼園に入学できるとは思えない――多重人格というケースも考慮すべきだ。
 
「ところで、どうして突然体調が悪くなったのかな? 持病があるとか?」
 
 あまり長く立ち話というワケにもいくまい。
 少し核心に迫ってみることにした。
 まだ、事件のことや……力のことには触れない。
 それには、もう少し情報が必要だ。

299 名前:浅上藤乃 ◆3AMAGARE 投稿日:02/04/26 01:12
>293 朝霞万里絵VS浅上藤乃

『ところで、どうして突然体調が悪くなったのかな? 持病があるとか?』

・・・。
聞かれて当然の事だった。普通に話をしているだけなのに急に体調が悪くなったと
言って逃げ出す人なんてそうはいない。本当に持病持ちの人くらいのものだ。
でも、私は持病なんて持っていない。確かに体は丈夫な方ではないけれど、命に関わる
病気なんて・・・・・・一度だけしかない。

でも、心配してこんな時間に私の為に来てくれた彼女に嘘をつくのも嫌。

それならば――いっそ



「嫌な事を思い出したんです」

知らず知らず、私は口を開いていた。

彼女がやさしい人だと言う事もある。だけど私は、他の人にも私の気持ちを知って欲しかった
確かに鮮花は始めとした沢山の親しく、心を許せる友人はいる。
だけどそんな親しい人達に私のイメージを崩して欲しくなかった。

 『私を見捨てて欲しくなかった』

だから、この新しく友人になれそうなこの人に私の気持ちを話してみよう。
それなら、きっと私の気持ちも晴れるし、この人も私と言う人間を知った上で
親しくしてくれる。

もしダメでも・・・それまで。付き合いはそこでおしまい。それだけだ。

「数ヶ月前に、私、襲われたんです。」

そして、私は淡々と語り始めた。

303 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/26 01:40
>299 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
 唐突に、おぞましい陵辱の過去を語り出した藤乃。
 不良少年グループに数回に渡って呼び出され……そして慰み者にされていた事を。
 いや、彼らにとっては慰み者などという感覚すらなかったに違いない。
 普通の人が漫画を読む、テレビを見る、ゲームをする、そんな感覚で彼らは藤乃をオモチャにしたにすぎないのだろう。
 
 当の本人がそんな過去をうち明ける……それはどんな心境なのか。
 だが、彼女の思惑と裏腹に、万里絵はこれまでに集めた情報、パズルのピースがあるべき場所に収まるのを感じた。
 何より、自分の話でそれを思い出したというのが決定的だ。
 
 
 
 ――一通り話し終えた藤乃。
 万里絵は、一切の横槍を入れずにじっと聞いていた。
 そして、言葉が途切れた瞬間を狙って、おもむろに言葉を繋いだ。
 
「だから、復讐の為に力を振るって、殺したの?」
 
 既に、一番話しにくいことは話している。
 なら、もう後のことを認めるのに大した抵抗はないはずだ。。
 もっとも、既に確信しているが――彼女が実行者であることを。

504 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 01:16
>303 朝霞万里絵VS浅上藤乃

『だから、復讐の為に力を振るって、殺したの?』


    ―――!?―――


力?
私の能力の事?
どうしてこの人が?

私は万理絵さんのその一言で思考が停止した。
そして、停止した思考は憤りへと変貌を遂げる。この人は最初から私の事を狙ってここへやって来た。
今までの私への接触はこの瞬間のためのもの。私が能力をもっていて、そしてその能力で
殺害を犯したと確信し、私の元へやって来た。
彼女がどのような人かはわからない。警察の人間なのか。はたまた探偵なのか。

けど、一つ言える事。

彼女は私と友達になるためにこの場所へ来たわけではない事。

自分が今まで淡々と語ってきた告白は何のための物だったのか?
ただ、私は彼女に自分の恥部を晒し。そして、私の秘密を確信させるための鍵を与えてしまった。
どうしようもなく―――ダメな人間だ。私。

そして、私は俯き。
深呼吸。

             もう――――準備はできている。


私は
                            
                           コノ人ヲ殺サナクテハナラナイ


「はい。そうですよ。」

私は笑顔でそう答えた。


―――ソシテ・・・アナタノ目的ハナニ?

511 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 02:07
>504 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
 彼女は認めた、今までと変わらぬ笑顔で。
 人は仮面を被って生きているモノだ、しかしこれほどに薄ら寒い仮面は見たことがない。
 確かな罪の告白を聞いてさえ、受ける印象が変わらない仮面など……。
 
(この後、どう出るつもり?)
 
 藤乃は素人だ、それは間違いない。
 だが、だからこそその行動パターンは予測できない。
 何より、彼女には力がある――多数の男をモノともせずに捻り殺せる、そんな力が。
 
 こちらに、その力の正体が分からないのは不利だ。
 なら、機先を制して行動の自由を奪うべきか?
 
 ――いや、まだやらないといけない事がある。
 
(遼だったら、こんな時でも何とか説得しようとするんだろうなあ)
 
 気弱そうな幼馴染みの顔を思い出し、そして踏みとどまった。
 
「黒いスーツの男から受け取った遺産を渡しなさい、それ以上の事は望まないから。
 あなたの罪を裁くことはあたしにはできない事だし、するつもりもないわ」
 
 最後の説得、しかし万里絵は決して油断していない。
 いつでも行動に移せるように意識を切り替える。
 後ろに隠した右手の中には、伸縮式の特殊警棒が握られている。
 
 力を使う気配を感じたら、一撃で昏倒させる。
 それが万里絵の結論。
 左手は、いつでも懐のスタンガンを取り出せるようにしてある。
 
 常に最悪の状況を想定し、動く。
 それでも現実はしばしば予想を上回るのだが……。

513 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 02:34
>511 朝霞万里絵VS浅上藤乃

私は驚き、戸惑った。
なぜなら彼女は私の想像していた事とはとてもかけ離れた事を口走ったから。

『黒いスーツの男から受け取った遺産を渡しなさい、それ以上の事は望まないから。
 あなたの罪を裁くことはあたしにはできない事だし、するつもりもないわ』

彼女の言っている黒いスーツ男なんて知りもしない。
それに遺産とは何なのだろうか?彼女の言っている意味が私にはまるで理解できない。

私はてっきり、私のあの能力を知っていて、そして私を裁く者とばかり思っていた。
しかし、それは違った。
彼女が言うには私の罪を裁くつもりも微塵も無いと。
それにただ単に私の罪の事で何かをするつもりならばこんな手の込んだ事をする必要は無い。
彼女は私のことを知らず単独ここへ乗りこんできた。

では、彼女は何者?

敵? 味方?

私はすっかり混乱してしまった。

「・・・え?」

でも・・・彼女の言っている事は私の件とは何も関連性はない。
それなら、今からでも彼女に言って聞かせれば理解してくれる。
私の、復讐のことも笑って冗談だと言えばそれで丸く収まる。さっきまでのあの関係にもどれるんだ。
さっきまでは殺意を剥き出しにして彼女の事を襲おうとしていたけど、もうそんな必要も無い。
私の事件と彼女の言っている事件は別物なのだから。

私はほっと胸を撫で下ろし、彼女の元へと歩き出す。

「あの・・・もしかして」

一歩
一歩
ゆっくりと。

「万理絵さん・・・私の事」

彼女の前まで歩き立ち止まり。彼女の手を取ろうとした。

だけど、それも間違い。
私は幾つもある破滅からへの脱出のチャンスを見逃し自滅する方向へと持っていこうとする。
それは、天からの定めなのか私の意思なのか私には分からない。
だけど、
確実に日常のレールから外れようとしている。

確実に。

515 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 03:10
>513 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
 黒いスーツ、遺産、その言葉に藤乃が見せた感情はただ戸惑いだった。
 何のことだかまったくワカラナイという表情。
 まさか、ここまで来て事情を隠そうとする意味はない、はずだ。
 
(あたしの見込み違いだった? でも、やった事は認めたのに。それとも、裏次郎とは関係ない別の力って事?)
 
 だとしたら、一体何だというのだ?
 遺産や守護神でなく、大の男達を無惨に殺す力など万里絵にはまったく心当たりがない。
 
(超能力? まさか……)
 
 いや、万里絵はそういった能力を持った人間がいることを知っている。
 何らかの超常的な能力を、潜在的に持っている能力を肥大させた者達は確かに存在しているのだ。
 実際に出会うまでは、むしろ突飛な発想だとして懐疑的ですらあったが。
 
 もし、仮にそうだとしたら……?
 
(だとしたら、あたし達の出る幕じゃないって事? ううん、そんな事はないはずよね)
 
 それなら、力を使わないように説得する。
 力に溺れて暴走しているという点において、藤乃は遺産相続人と何ら変わりはしない。
 だから、遼ならきっとそうするだろう。
 
 自分にできるのか……それが万里絵には不安だった。
 どうやって説得するか、そんな事を考えている内に。
 
 藤乃が歩き出した。
 
 瞬間、思考がばらけてしまった。
 一歩一歩、少しずつ距離を詰めてくる藤乃。
 混乱がさめやらぬ内に、目の前で立ち止まって手を取ろうとする。
 
 気が付けば、後ろに隠し持っていた特殊警棒を伸ばし、側頭部目掛けて振るっていた。
 殺気は感じないと言う思考と、このままではやられるという直感がせめぎ合い、思考が勝る時間はなかったようだ。
 
(あ、まずった……)
 
 意識の隅で、何処か冷静に呟く自分を意識する。
 仕方ない、後で謝ろうと万里絵はその部分で考えた。

516 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 03:36
>515 朝霞万里絵VS浅上藤乃

ズシン


頭が重い

体が膝から力が抜けて行く

鈍器で殴られたような痛み

痛たい

とても痛い


―――痛 い ?


何故か分からないが無痛病の私に痛みがある。前の様に腹部が痛いわけでは無い。
これはあきらかに頭部への損傷による痛み。
つまりは怪我による痛み。

気が付くとうつ伏せに倒れこみ数秒だけ気絶したいたようだ。



        ―――ドクン

首を曲げ上を向くと警棒のような物を持って呆然と立ち尽くしている
万理絵さんがそこにいた。
そうか―――彼女が。
私はとっさに彼女が私のことを殴ったのだと理解した。それ以外に理解し様が無い。
ここには2人しかいないのだから。



         ―――ドクン

でも何故?
私は彼女の事件には関係無いはずなのに。どうして彼女は私に危害を加えるのだろう?
私は彼女を殺したくないのに。殺す?
彼女を殺すの?
どうして?
だって敵だもの。私を殺そうとしている敵。だから、殺される前ニコロスノ。
ワタシハまだ死タクない。



だから―――――彼女を凶げるの!!



『浅上藤乃』 ――覚醒――

<追加能力> :『螺旋』
・視界に見えるものに回転軸定め、右回転、もしくは左回転に曲げることができる。


517 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 04:53
>516 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
「あ、ごめん。大丈夫?」
 
 藤乃の接近に対して、つい反射的に警棒を振るってしまった。
 当たり所が悪ければ、大の大人でも昏倒しかねない一撃。
 ましてや相手はか弱い少女だ、下手をしたら頸椎に損傷があるかもしれない。
 とりあえず、藤乃の意識はあるようだ。
 
 無事であった事に、心の中で安堵しながら手を差し伸べようとして……後ろへ飛んだ。
 半ば直感的な行動、自分でも何故そうしたのか――いや、右手を見て理解した。
 
 特殊警棒が、見るも無惨にねじ曲がっている。
 
 普通の力では、いや、普通以上の力を以てしても曲げられない、曲がるはずのないそれが曲がっている。
 その折れ曲がり、ひしゃげた警棒の何と禍々しい姿か。
 それを見た万里絵は、背筋を這い上がる戦慄と共に理解した。
 
(後一瞬飛び退くのが遅かったら、あたしの右腕がヘシ折られていた?)
 
 同時に、力の正体も目星がついた。
 
(テレキネシス……念動力)
 
 過去に、同じような能力を持つ少年がいた――もっとも、それは遺産による副産物ではあったのだが。
 霊園でその少年と遼が戦った時は……墓石という墓石が砕け、遼は足がネジ折られた上に生死の境をさまよった。
 念動力だけでなく、エネルギーを操り、他人の記憶にまで干渉できるテレパシー。
 あまつさえパイロキネシス――念動発火までその少年は使ってみせた。
 
 ……もし、彼と同程度の能力を藤乃が持っていたら?
 
(それはないわね)
 
 万里絵はそう断じた。
 今までの被害者は、全て同じ死に方をしている。
 それはとりもなおさず、藤乃が単一の能力しか持たない事を示していた。
 もっとも、他の力を行使する必要がなかっただけかもしれないが。
 
 とにかく、正面から相対しては拙い。
 どんなに早く、どんなに的確に動いても、視界に収めて意識するより早く動けることはあるまい。
 なら、相手の視界に収まることなく相手の行動を封じなくては。

518 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 04:53
>517続き
 
 まずは、緊急避難とばかりに手近な窓へと突っ込んで脱出を試みる。
 腕で頭部を守りながら窓ガラスへと跳躍。
 次瞬、派手な破砕音とガラス片を引き連れて宙を舞う万里絵。
 
 さきほどまでいた場所が二階であることから、地面までの距離と着地のタイミングを計り、身を屈める。
 軟らかい土を踵で抉りながら地面へ着地、そのまま反動に任せて地面を二、三度転がった。
 すぐさま体勢を立て直して飛び降りてきた窓の方をみやる。
 
「さて、これからどうするかな?」
 
 脱出して、遼や氷澄達と合流するのが確実ではある。
 守護神機能なら念動力による攻撃もモノともせずに戦うことができるだろう。
 実際、見るだけで相手を殺傷できる――見えている必要すらないかもしれない相手など、どう考えても万里絵の手に余る。
 
 ――だが、万里絵はこの件を自分で何とかしたいと考えていた。
 自分でも何故そんな事を思うのかよく分からなかったが。
 
「彼女、笑ってたよね」
 
 何故、笑っていたのか。
 そして、何故万里絵の手を取ろうとしたのか、それを彼女の口から聞いてみたいと万里絵は思っていた。
 
「自分でやるとして、どうするかな……」
 
 既に万里絵の思考は、どうやって藤乃を無力化するかという事に移っていた。

524 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 14:52
>516>517 朝霞万里絵VS浅上藤乃

私は彼女を獲物と判断し、うつ伏せになりながら彼女をどのようにして殺すか考えていた。
彼女は私が今まで殺してきた人達の様に無力ではないはず。
なぜならば、彼女の攻撃は無意識ながらも確実に私の急所を狙ってきている。

それなら・・・。
そして、私は標的とする体の一部を決めた。

『あ、ごめん。大丈夫?』

彼女は私にこんな事をしておきながら、手を差し伸べて来る。
今更、謝られたって私としても困る。
だってもう私の『スウィッチ』は入ってしまっているんだ。もう彼女が何を言おうが私には
ただの言い訳にしか聞こえない。
あなたはもう殺されるしかないんだもの。

私は首をぐるりと回し、
上に向け、彼女の武器の持つ手に回転軸を合わせ、そして


―――凶げる

そして、彼女の武器を持つ手を凶げるはずだったのだが、そう上手くは行かなかった。
彼女は咄嗟に異常に気が付き後ろに飛びのいていた。やはり私の勘は間違っていない。




彼女は―――確実に―――戦い馴れしている。

私は嬉しくて微笑んでしまった。
嬉しい。とても嬉しい。
ただ無抵抗の人間を殺すだけならもうイヤと言うほど殺してきた。
だけど、私の害にならない程度にもがく人間は楽しい。
色々と私を楽しませてくれるんだもの。


窓の割れる音が聞こえた。
恐らく彼女が窓を割って外に出たのだろう。

「いいですよ・・・ゆっくりと・・・ゆっくりと殺してあげますから」

私は2階から階段を降りる。

カツン カツン カツン

夜の寮は私の足音が良く響く。

66 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 16:01
>前スレ524 朝霞万里絵VS浅上藤乃 前スレ(ttp://cocoa.2ch.net/test/read.cgi?bbs=charaneta&key=1019982784)まとめは>525
 
 夜の闇の向こう側で、藤乃が階段の方に歩いていくのを認めた。
 どうやら、向こうとしてもこのまま逃がすつもりはないらしい。
 いや、それでも万里絵なら逃げようと思えば逃げおおせるだろう。
 素人を出し抜く手段などいくらでもあるのだから。
 
 行動パターンが常識にとらわれないという点において、素人とは恐ろしく予測不可能な存在ではあるが。
 
(階段を下りてこちらに向かってるとしたら、むしろ打って出るのは好ましくないわね)
 
 さいわい、この辺りにはには身を隠すのに適した樹木が多数ある。
 此処で迎え撃つ方が安全に戦えるだろう。
 だが、ただ迎え撃つだけでは心許ない。
 何より、相手はサイキックなのだから。
 
(とは言っても、できる準備なんてたかが知れてるけどね)
 
 藤乃が此処に来るまで、そんなに時間はないだろう。
 その間に、できるだけの事はやっておかなければ。
 とりあえず、かなり伸び放題になっている下草を、適当に数カ所結んで足を引っかけるトラップを作った。
 更に、持ってきていたワイヤーを幾つか足首の高さに、木々の間を縫うように張り巡らせる。
 引っ掛かれば、怪我はしないまでも転倒するだろう。
 そして、それだけで取り押さえるチャンスはくるはずだ。
 
「こんなところかな」
 
 一通りトラップを張り終えて、万里絵は適当な木の陰に身を隠した。
 そろそろ、藤乃が来る頃だ。
 息を潜めて、向こうの動きを待つ。

67 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 16:37
>66 朝霞万里絵VS浅上藤乃

外に出ると目の前には夜空が広がっていた。
夜の生ぬるい風が私の髪を撫でて行く。寮の前には草木が広がり、とても居心地の良い
自然が生きている。私もこの自然が好きで、いつも散歩に歩いては自然と戯れている。

だけど、今は違う。
不気味で、底知れない闇の空間。
昼の顔とは別の、夜の草木の顔がそこにはあった。

彼女が外に出ているのは分かっている。

けれど・・・正確な場所が掴めない。

私の能力は相手の場所を知り、そして目視できなければなんの意味も無い。
視る事ができなければ、殺す事も、凶げる事も叶わない。

私は、ゆっくりと歩いていく。
隠れると言ってもここは自然は豊かだけれどジャングルのような場所ではない。
彼女の居場所を特定するのはそう難しい事ではないのだ。
恐らく、彼女が隠れる事のできる場所はそこら辺にある木樹程度の隠れ場所しかない。
この場所は草は多いが木は数えるほどしかない場所。
だから、一つ一つめんどうだけれど確認しながら歩いていけば、彼女の隠れ場所に必ず辿り付く。

一つ目。   いない。

二つ目。   いない。

三つ目。   いない。

私は一つ一つ木を調べる。

いない。

いない。

いない。

少しイライラするけど、この時間が楽しい。
お祭りの前の夜。
クリスマスの夜。
誕生日の前日。

愉しい事を焦らされると、愉しい事はより愉しくなる。
自分を押さえる事により更に高い快感を得るのだ。

愉快になる。
    快感になる。
        悦楽になる。

そして、私は最後の1本の木に到達した。


68 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 16:39
>67続き 霞万里絵VS浅上藤乃

「そこに・・・いるのですね?」

流石に姿こそ見えないものの、隠れ場所はこの程度の物しかない。
他に隠れ場所なんて考えられない。少なくとも私の思考の中では。
先入観でもなんでもない。これは私の確信だ。
この場所以外にどこにもない。

「隠れても無駄ですよ・・・」

その木へと歩き出す。

「私ね?あなたに会いたいんです」

ゆっくり。

「だって、私はあなたに会って顔を見なければ・・・」



       ―――貴女を殺す事ができないからっ!

私はできる限りの力でその木に向かって走り出す。

その瞬間。
空が回った。

空が回ったと言う表現はおかしい。正確に言うなら『私が』回ったのだ。
そして、回る空をスローモーションで、その現状が理解できないまま
私は思いっきり背中を地面に叩き付けられ、その場で動けなくなってしまった。

69 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 17:28
>67>68 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
(かかった!)
 
 藤乃が通り過ぎた木の枝の上から、心の中で快哉を叫んだ。
 罠を一通り仕掛け終わった後、適当な木に登って身を潜めていたのだ。
 眼下を通り過ぎる藤乃を見ながら、チャンスを待ってひたすら息を殺し続ける。
 
 そして、走り出した瞬間に足を引っかけ、盛大に一回転した藤乃。
 地面に叩きつけられて、まともに動けないようだ。
 今しかチャンスはあるまい。
 
 木の枝から飛び降り、柔らかな下草を踏みしだく音をさせて着地。
 懐からスタンガンを取り出してロックを解除。
 そのまま、倒れてる藤乃が起きない内にと走り出す。
 
「ごめんね、話は後でゆっくり聞くから!」
 
 そのまま、倒れてる藤乃の手首へスタンガンを押し付け、トリガー。
 護身用なのでそれほど高い電圧ではないが、それでも普通の人間なら気絶するくらいはある。
 バチッと、電撃が迸った。

70 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 17:46
>69 朝霞万里絵VS浅上藤乃

背中に激痛が走る。
この痛みはとっても久しぶり。もう何ヶ月もご無沙汰をしていた。
私はこんな状況にも関わらず。

そう言えば数ヶ月前もこんな痛みを感じていたんだなぁ・・・。
なんて事を思っていた

何も感じない日々。何をしても、どんな事をされても、何があっても何も感じない。
それは無という存在に近い。
だから、私は人を殺し、自分の存在を確かめる事で悦びを得てたのかもしれない。

『ごめんね、話は後でゆっくり聞くから!』

彼女は私にスタンガンを押し当て電流を流した。
私に電流が流れ、痺れと同時に激痛が体を駆け巡った。

痛い。
だけど、もう疲れた。

彼女の事を凶げる事は出来たけど、私は甘んじて攻撃を受けること望んだ。

73 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 18:36
>70 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
 人が気絶するのに充分と思われる時間がすぎた後、ゆっくりとトリガーから指を離した。
 その顔を見ても、体からの反応を確かめてみてもやはり気絶している。
 気が抜けたのか、ふぅ、と一つ大きなため息を吐いた。
 
「でも、これでやっと第一段階クリアってところよね」
 
 そう、まだやらなければいけない事がある。
 彼女は大量殺人犯だ、今ここで止めないと更なる犠牲者が出てしまう恐れがある。
 だが、どうやら彼女は遺産相続人ではないらしい。
 なら、この力は彼女自身が持っている力ということになる。
 
 つまり、手放す事などできないという事だ。
 
 今までは、相手が遺産相続人なら、遺産を回収して破壊すればそれで事は済んだ。
 だが、既に持っている力を奪い、破壊することなど不可能だ。
 なら、使わないように説得するしか手は……。
 
「あ」
 
 唐突に万里絵は思い出した。
 遼の持つザンヤルマの剣が、秋月由美彦――山本伸一から超能力を根こそぎ奪ってみせたことを。
 アレはカオルクラによって、半ば強制的に引き出された能力だったからかもしれないが……。
 あるいは、剣ならば藤乃の超能力を奪うこともできるのではないか?
 可能性が高いとは言えないが、賭ける価値はあるような気がした。
 
「でも、まずは彼女の話を聞かなきゃね」
 
 そう言いながら、辺りのトラップに使用したワイヤーを回収し、藤乃を後ろ手に縛る。
 更に、制服の裾を適当に数p切り取って目隠しにした。
 見えていなければ大丈夫だと判断したのだが、それが吉と出るか凶と出るか。
 
 とにかく、準備は完了した。
 ナイフを口にくわえて、藤乃に活を入れる。
 くぐもったうめき声と共に目を覚ました藤乃の喉元に、背後からナイフの刃をそうと分かるよう当てて囁く。
 
「妙な真似はしないで。したら殺すわ」
 
 極力、感情を伺わせない声色で話し続ける。
 
「聞きたいことがあるわ。まず、あなたの力のこと、そしてその力をどうするつもりなのか。
 そして……」
  
 微妙に言いよどむ。
 何だか気恥ずかしいことを聞くような気がしたのだ。
 しかし、そんな感情を伺わせるつもりはない。
 声音を変えずに、最後まで言い切った。
 
「何故、笑ってたの? 何故、あたしの手を取ろうとしたの?」

76 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 19:36
>73 朝霞万里絵VS浅上藤乃

気が付くと目の前は暗闇だった。

目を何かで目隠しされているみたい。
窮屈なのに気が付き、動こうとしたが手がきつくワイヤーで縛られている。
私の能力を封じるためを身動きを取れなくするためだろう。
でも、彼女はどうしてそんな事をしたのだろうか?私は彼女を殺すつもりだったのに。

『妙な真似はしないで。したら殺すわ』

そう言って彼女は私の目の前で呟いた。
何故か、殺すと言われているのに不思議と恐怖は無かった。
人間、窮地に陥ると案外心落ち着く物なのだろうか?
それとも・・・私はまだ彼女に何か求めているのだろうか?

『聞きたいことがあるわ。まず、あなたの力のこと、そしてその力をどうするつもりなのか。
 そして……』

私は彼女の質問に黙って聞き入る。

『何故、笑ってたの? 何故、あたしの手を取ろうとしたの?』


そして―――私はその質問に答えることにした。


79 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 19:41
>76続き 朝霞万里絵VS浅上藤乃

「私の力は・・・物を曲げる事ができる力なんです」

そう、私の力は見えるものに回転軸を定め、そしてその物を曲げる事ができる力。
この力は6歳くらいの頃まで使えていて、無痛病になると同時にその力は無くなってしまった。
そして、あの数ヶ月前の事件の時に一時的に甦り、殺戮の為に活用した。
だが、式さんとの戦いで私の能力を呼び覚ます切欠になった病気による痛みは無くなり、
私は再び無痛病に戻った。

「万理絵さん・・・痛みを感じないと言う事は・・・どう言う事だかわかりますか?」

彼女は何も答えない。それでも私は続けた。

「痛み感じないと言う事は・・・生きていると言う事も感じない。実感が無いんです。
 だから、何をしても自分の事と思えない。何かをしても。何かをされてもそれは私じゃないんです」

無痛病と言うのは体の病気と共に心の病気でもある。

もし、自分が叩かれても痛みを感じない。だから、自分が叩かれたと思えない。
もし、自分が可愛い動物に触れても触れた感覚が無い。だから、自分が触れたと思えない。
もし、自分が走っていても走ったと言う感覚が無い。だから、自分が走ったとは思えない。

そんな感じでだんだん・・・
今、ここにいるのが浅上藤乃ではなく別の誰かなんじゃないかと思えて来る。
誉められても、悲しいことがあっても、それは浅上藤乃と言う実感の無い物だから。

「だから、私は・・・私自身を感じる為に殺したんですよ」

初めは陵辱をされた復讐のためだった。
だけど、それは本心ではなかった。だって、アサガミフジノという人間は私という実感が無かったから。
だから私が陵辱されたと言う感覚も無い。だけど、もう私の力は目覚めてしまった。
もう歯止めが利かない。
だから私は復讐と言う名目で自分自身を知る為の殺戮を開始したのだ。


―――殺戮が何故自分自身を知る為の方法なのか?


それは痛いから。

人が生きると言う事は、自分が傷つき、そして、誰かを痛ませる事で生きている。
それも私も味わって見たかった。私は病気による腹部の痛みはあるが他人の痛みはわからない。
だから、人を凶げて、苦しむ顔をみて相手の痛みを知る。

私の痛みと、私の痛み。

その2つがあるから自分が生きている実感がある。
だからこの能力を使って人を殺すのだ。


だから――私の能力は―――私が生きている事を知るために使いたかったんです




80 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 19:47
>79続き 朝霞万里絵VS浅上藤乃


彼女の表情は目隠しをされて見えない。
彼女が喜んで、悲しんでいるのか、はたまた別の表情をしているのか。

「それからですね、私が笑っていたのはあなたの事を殺す理由ができたから嬉しかったんです。
 私、理由が無いと人を殺せませんから・・・」

苦笑。
本当に無様な理由だろう。

人を殺すのに理由が必要でその理由を無理矢理こじつける事で人を殺す。

これならただの通り魔と変わらないではないか。

「そして・・・最後の質問の答え」

私は満面の笑みで、本当に屈託の無い笑顔で
素直に答えた。

「あなたと・・・あなたと仲直りしたかったから・・・です」


90 名前:朝霞万里絵(M)投稿日:02/04/29 21:25
>76>79>80 朝霞万里絵VS浅上藤乃
 
 ――――――――。
 
 過去、遼は遺産を持つ者達の暗黒面と対峙し、そして打ちのめされながら戦い続けてきた。
 その強さを真似できないと思いつつ、むしろ尊敬さえしていた。
 だが、浅上藤乃という少女が、長い間ずっとずっと抱えてきた深い闇。
 そして、その闇がもたらす暴走……。
 これが、藤乃が遺産相続人達と何が違うというのか。
 
 そして、あの気弱そうな幼馴染みの従兄弟はこんな闇を見つめながら戦い続けていたのか。
 だとしたらそれは――――なんて強さだろう。
 こんなに深い闇を見せられて、なおそれをうち払おうとする遼。
 
 自分には、できない。
 
 自分にできる闇の払い方、それはこのナイフを横に引くくらいのモノだ。
 それで、一つの闇は終焉を告げる。
 街を震撼させた連続猟奇殺人犯は消え、彼女の闇もまたそこで終わる。
 
(でも、それじゃ駄目なんだ)
 
 そんなのは強さでも何でもない、ただの逃げだ。
 かつて、殺す事の強さを説いた人がいた。
 万里絵は、そんなモノは強さじゃないとはね除けた。
 そう、万里絵は強くない。
 終わらせる事ができる強さ、それはどうしても立ち向かう強さには敵わない。
 
(だから、あたしの戦いは此処でお終い)
 
 後は、遼に頼るしかあるまい。
 彼女の闇を、力を払えるのは彼のザンヤルマの剣だけだ。
 
(ううん、後もう少しだけはあたしの戦いかな)
 
 最後の笑顔、そして言葉。
 それは、きっと嘘偽りのない本当の感情。
 なら、そんな心があるというのなら――きっと、万里絵にも闇の一端に光を照らすことはできると思う。
 
 藤乃に施していた目隠しと拘束を解いていく。
 拘束が解かれていくにつれて、藤乃の表情が困惑に塗り替えられていく。
 その一部始終を見ながら全ての拘束を解き、今度は真正面から藤乃に手を差し伸べた。
 
「あたしはあなたに何もしてあげられないかもしれない。
 でも、あたしはあなたの力を消すことができる人に心当たりがあるわ」
 
 手は差し伸べられた。
 それを取って立ち上がろうとするか、闇から這い上がろうとするかは彼女次第だ。
 いつか、万里絵と藤乃は互いに笑いあえるかもしれない。
 今は、ただその一歩にすぎなくても……。
 
「もしかしたら、無痛症にも何らかの手があるかもしれない」
 
 こっちは望み薄だと万里絵は思っていた。
 イェマドは守護神のお陰で、医療というモノが必要ない文明だ。
 だが、それでも万里絵は希望を持ちたいと思う。
 
「決めるのはあなた自身よ、藤乃」
 
 微笑を浮かべ、藤乃の表情をまっすぐに見つめる。

98 名前:浅上藤乃投稿日:02/04/29 22:27
>90 朝霞万里絵VS浅上藤乃

私に施しされていた目隠しと拘束を解かれた。
そしてそこには

彼女が差し出した優しい手があった。

『あたしはあなたに何もしてあげられないかもしれない。
 でも、あたしはあなたの力を消すことができる人に心当たりがあるわ』

彼女はそう言った。
私のこの忌々しい力を?

それは夢のような素敵な話、子供の頃から鬼子と迫害され。
そして、この無痛病を作り出す原因となった。
この能力。彼女はその力を無くする希望があるというのだ。

そして。

『もしかしたら、無痛症にも何らかの手があるかもしれない』

それは・・・私にとって良い事なのだろうか?
私はこの無痛病と生きる事で今まで犯してきた自らの罪の代償として
生きて行くつもりだった。それはすなわち
私が普通の人として、本当に普通の女の子として生きていくと言う事だろう。


私は戸惑った。

           ――だけど――


私は思うのだ。

無痛病を抱えて自分が自分で無い虚無感を抱えて生きるよりも、
普通の女の子として生きて、その辛さ、痛みを知り生きることも
罪の償いではないのかと。

そして、私自身が幸せになることも。

『決めるのはあなた自身よ、藤乃』


そして

私は・・・彼女の手を取ることを決意した。
私の過去の罪を新たな形で償うため。そして、
私が幸せになるために。


      先輩・・・・・・これでいいんですよね?


                              END