ヴェドゴニアVS弓塚さつき

410 名前:伊藤惣太 ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/14(水) 01:13
ヴェドゴニアVS弓塚さつき 導入
 
 すっかり薄暗くなった学校の帰り道――つまり、すっかり気分がよくなってきた頃。
 
 俺の身体はすっかり昼間に適応できないようになりつつあった。
 朝起きてから、夕暮れまでどうしようもなく付きまとう倦怠感。
 日が暮れてから本調子が出てくるバケモノの身体。
 もう、俺が日を浴びた途端に灰になっちまうまで幾ばくもないだろうな、と思う。
 
 つまり、俺には時間がない……だけどもリァノーンへの手掛かりは細く、遠く。
 未だ学校に通って、モーラ達からの情報を待ってしか動けない日々。
 焦りだけを募らせつつ、何でもない顔をして学校に通い続けるのがこんなにも、辛い。
 
 今日も、部活動もそこそこに学校を引き上げてきたところだ。
 俺が俺の顔をしてられるのも、下校時刻が限界だから。
 気怠さが引きかけてる肉体を引きずって、のろのろと帰り道を歩く。
 
 ――――鼻につく、赤くて甘い匂い。
 
 ここ数日で嗅ぎ慣れて……飲み慣れた匂い。
 何処からか漂ってくる――血の匂い。
 俺の理性は無視しろと連呼しているのに、肉体はその匂いに惹かれてふらふらと歩き出す。
 薄暗くなってきた中、よりいっそう闇の濃い路地裏へと……。
 
 そこは、血の匂いでむせかえるほどだった。
 闇のわだかまった中でもはっきり分かるほどに、朱い空間。
 血と、死と、死を越えた者の饗宴。
 闇の奥でうずくまり、何かを啜る何か。
 
 ……いや、分かってるはずだ、俺は、目の前の光景が何なのかを。
 
 そこにいるのは吸血鬼で、啜っているのは人間の血。
 辺りにバラ撒かれている肉片は人間の成れの果てで、全部死んでるって――――。
 
 ガタリ、と後ずさった俺の身体が、ゴミ箱を鳴らした――――――。

411 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/14(水) 01:15
>410
 
 ここ最近、幾つか、学んだこと。
 
 
   ひとつめ。
 
   みんなの知らないところには思いもつかないモノが潜んでいること。
   例えば、強盗とか、殺人鬼とか、死体とか………
 
 
 
                              ―――吸血鬼とか………
 
 
 ……振り向く。
 そこにはひとりの男の子がいた。
 年でいえば、志貴くんとそう違わないくらいの………
 
「運がないね……。でも、こんなところに迷い込んできたあなたが悪いんだよ?」
 
 
   ふたつめ。
 
   血にも色々な種類があって、味も全く違うこと。
   お婆さんより、お爺さんより、おばさんより、おじさんより、女の子より………
 
 
 
                              ―――男の子がいいこと………
 
 
 後ずさる彼にゆっくりゆっくりと近づいていく。
 もう、彼は逃げられないし、逃がさない。
 それに、うん、こういう質のいい血なら大歓迎。
 
「そんなに怖がらなくてもいいよ。苦しませるつもりもないし………」
 
 
   みっつめ。
 
   吸血鬼の身体はひとのそれとは比べ物にならないこと。
   けものより遥かに早く動けて、腕の一振りで………
 
 
 
                              ―――ひとを粉々にする事は訳もないこと
 
「それじゃ、ばいばい」
 
 右腕を彼の脇腹に突き出した。
 ずぶり―――――やわらかい肉の感触。
 びちゃり――――あたたかい血の感触。
 
 腕を彼の脇腹から抜いて、真っ赤に染まった右手をぺろりと舐める。
 
「……やっぱり、質のいいキレイな血の方が身体に馴染むな」
 
 一人前の吸血鬼にはまだ程遠いけど、うん、この調子でいけば大丈夫。
 志貴くん、待っててね。
 わたし、頑張るから、立派な吸血鬼になるからね………!

412 名前:ヴェドゴニア ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/14(水) 01:48
>>411 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
 まず驚いたのは、闇から現れた吸血鬼が、俺と年の変わらない姿をした少女であった事。
 話す言葉が、その外見に相応しく、咄嗟に彼女が吸血鬼であると認識できなかった事。
 何より――こんな事には慣れている筈の俺が、この状況におののいている事。
 慣れた、つもりだったのに……心の準備ができてないとこんなに脆いモノなのか、俺は……?
 
 そんな、俺の逡巡と混乱に構う様子も見せずに、少女は俺へと詰め寄ってくる。
 何を、何に恐れているのか、俺はただ後ずさることしかできない。
 俺がさがれば、同じだけの距離を詰められ――次瞬、その姿がかき消えた……と思った刹那には、もう。
 
 ぞぶり、と脇腹に腕が潜り込んでいた。
 途端に失われていく俺の血……俺の命。
 引き抜かれた少女の腕は朱く、俺の血で――――――。
 
 ドクリと、奥底で蠢く。
 奪われた命には相応の代価を、と、衝動が叫び出す、吸血衝動が首をもたげる。
 肉体が変容を始める、筋肉が人間の限界を超えて張りつめる、骨格が鋼の硬度を備える。
 人間が終わって、ヴェドゴニアへと成り果てる――――。
 
 変容は、数秒と経たずに終了した。
 制服は膨張した肉体に耐え切れずに破けちまったが、気にしても仕方ない。
 どうせ、脇腹に大穴空いた制服なんて着れたモンじゃねェしな。
 とにもかくにも、今はこの降って湧いた火の粉を払い除けないと――――!
 
 本当に、唯の年頃の少女にしか見えない事にとまどいは隠せないが……よぎる誰かの顔。
 だが、それは一瞬すぎて俺に何なのかを気付かせさえしてくれなかった。
 
 鞄に、万が一を考えて忍ばせていたナイフ――サド侯爵の愉悦を取り出す。
 俺が死んだと思って油断しているのか、物思いにふける少女に切っ先を向けつつ低く跳躍。
 地を這うような一閃を、少女の心臓辺りに狙いを付けて振るった。
 
「俺の血が欲しけりゃな、テメェの血を差し出せ――そういうルールなんだよ!」

413 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/14(水) 02:42
>>412 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
「え……?」
 
 澱んだ空気が動いた。
 風を切る音がした。
 黒い閃光が煌いた。
 
 考えるより、先に右手が動いた。
 鈍い金属音がして、わたしの右手とその黒い閃光が衝突し……互いに弾けた。
 
 それはそのままケモノのように後ろへと後退してわたしを見る。
 
 それの瞳は煌々と赤く光って        それはわたしの瞳と同じ輝きで……
 それの口から長い牙が生えて       それはわたしの牙と同じ鋭さで……
 
 どこをどう見てもそれは『吸血鬼』。
 わたしと同じモノ、なの? でも……
 
「……わたしと同じ? え、でも、さっき、確かに殺したはずなのに――――」
 
 そう、本当に殺したんだ。
 あの感触は何回もやったから、よく分かってる。
 ずぶりと肉を引き裂いて、ごきりと骨を砕くあの感触。
                                           ぐるぐると
 おかしい、おかしいよ。
 さっきは本当にただの人間だったのに。
 あの怯え方はどう見ても、嘘には見えなかったのに。
                                           まわる
 分からない、分からないよ。
 こんな吸血鬼がいるなんて………
 どうして、こんな所にこんなモノがいるの……?
                                           わたしの思考
 
「一体、あなたは何なの………?」
 
 そんな言葉がわたしの口から、飛び出していた。

414 名前:ヴェドゴニア ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/14(水) 19:38
>>413 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
 感じる、少女のとまどい。
 それは嘘でも何でもなく少女の姿そのままで、俺のとまどいをも広げていく。
 構えだけは解かずに、少女の問いに答えた――答える必要なんてないだろうに、俺は……。
 
「俺か、俺は見ての通りの吸血鬼……君の同類だよ。
 もっとも、ヴェドゴニアの俺は血を失わないと吸血鬼化しない半端者だけどな。
 普段は人間とそう大差ないが、君に殺されてヴェドゴニアの俺が目覚めたってことさ」
 
 血を失うことで、血を欲するバケモノへと変じる俺。
 こんな血塗れの戦場で何処か抜けている少女。
 どっちも正しく半端者だと、心の中で苦笑した。
 彼女もまた、吸血鬼となってから日が浅いのだろうか。
 
 説明はもう十二分な筈だ。
 何があったのか知らないが、既に手遅れである事だけは分かる。
 ならば、俺にできる事は、心臓を貫いて塵に返してやる事だけ。
 それが、せめてもの餞。
 
 不意を突いた初撃は弾かれた。
 成り立てといっても、そのポテンシャルは決して低くない。
 油断すると、鈎爪に心臓を貫かれてお陀仏だ。
 慎重に、慎重に距離を計り、隙を窺う。
 落ち着け……俺はここまでに数多くの死線をくぐり抜けて来たはずだ。
 今更、こんなところで後れを取るワケには――死ぬワケにはいかない。
 
 チリチリと、うなじが焦げるような感覚――――何時、来る?

415 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/14(水) 19:40
>>414 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
 ヴェドゴニア……?
 
 そうなんだ、そういう変わった吸血鬼もいるんだね。
 うん、勉強になった。
 
 けど、同じ街に吸血鬼はそう何人もいらないよね?
 そんなにたくさん居たら、食べ物のひとが居なくなっちゃうし………
 それに向こうの吸血鬼もナイフを抜いて、やる気みたい。
 
 わたしも半人前。
 向こうも半人前。
 
 じゃあ、生き残った方が一人前に近づけるってことになるよね?
 まだ、吸血鬼は殺した事ないし、これはいい経験になるかな。
 
 大丈夫、ちゃんとやってみせるよ、志貴くん。
 志貴くんみたいな殺人鬼にはまだ程遠いけど、こうやって一歩一歩ずつ、慣れていくんだ。
 
 
「うん、今夜は、わりと楽しめそうだよね……」
 
 瞳が真紅に染まっていく。
 牙が長く鋭く伸びていく。
 鼓動がとくんとくんと早まって、頬が紅潮して、ちょっと身体が火照ってる。
 
 ……初めて出会う吸血鬼、殺人鬼にわたし、興奮してるみたい。
 でも、そんなに悪くない感触。
 うん、また、ひとつ、志貴くんの気持ちが分かった気がする。
 
「じゃあ、はじめようか。慌てなくてもいいよ、夜は長いからね……!」
 
 とん、と地面を蹴って踏み込む。
 ぶん、と右手を振り下ろす。
 
 それぞれ、異なる動作だけど、必要な時間は一瞬。
 普通のひとなら、これでおしまいだけど、これくらいは平気だよね?
 だって、あなたも吸血鬼で殺人鬼なんだから………

416 名前:ヴェドゴニア ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/14(水) 21:05
>>415 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
「あァ、夜は長い……だけどアンタは此処で終わりだッ!」
 
 振り下ろされた一撃を、ナイフで弾く、弾けた拍子に後退し、反動で踏み込み一撃、二撃。
 もちろん、こんな攻撃が当たるとは思っちゃいない。
 ただの様子見だったが、予想した以上に彼女の運動能力は高いらしい。
 こともなげにナイフの軌道を見切り、かわす。
 こいつは……少し認識を改めないとな。
 つまり、俺は彼女にとまどいなんて感じてる暇はないって事だ。
 
 牙を見る、瞳を見る。
 そこには見間違えようもないバケモノの証である鋭い牙、朱い瞳……俺もか。
 またちらつく誰かの影、だけどそれはさっきよりも長く、はっきりと。
 それで、気付いた。
 
 ――そうか、俺は目の前の少女に弥沙子を……変わり果てたあの子の姿を重ねてるのか。
 
 俺の戦いに巻き込まれてしまった弥沙子、吸血鬼に成り果ててしまった弥沙子。
 責任なんて、償いなんてできる筈もない。
 ただ、戦い続けること、彼女を塵に還すこと、それだけしかできないのに。
 だのに、俺は。
 
 この現実を、罰と捉えているのか……?
 ……馬鹿馬鹿しいッ!
 
 揺らぐナイフの切っ先を確かにするために、腕に力を、殺意を込める。
 断ち切れ、断ち切れ、断ち切れ……ッ!
 そんなの、何の償いにもなっちゃいない。
 そう、分かっている筈なのに……歯ぎしり。
 
 ああなってしまったら、終わらせてやるしかないんだ……ッ!
 動け、俺の腕、俺の足、俺の心!

417 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/14(水) 22:41
>>416 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
 がつん、と弾かれるわたしの右手。
 ひゅん、と風を切り裂く黒い刃物。
 
 軽く後ろに跳ねながら、それをかわす。
 うん、いい感じで避けれてる。
 吸血鬼同士で戦うのは、ちょっと不安があったけど、これなら大丈夫。
 
 
 もう一回、踏み込んで左手を突き出す。
 火花が散って、弾かれるわたしの左手と彼のナイフ。
 
   ……志貴くん、わたし、分からなかったんだ。
   ずっと、ずっと、見ていたんだよ?
   志貴くんの優しいところも、怖いところもずっと見ていたんだ。
 
 続けざま、右手を突き出す。
 路地裏に鈍い金属音が木霊する。
 
   でも、どうしても、志貴くんの怖いところが分からなかったんだ。
   授業中もお昼休みも放課後の別れる時までずっと見ていても、分からなかったんだ。
   だから、志貴くんに積極的に話し掛けることなんて、出来なかった。
 
 彼の右側面に向かって、頭を沈め低い姿勢のまま駆ける。
 そして、左手を彼の脇腹に向かって、繰り出す――――――
 
   けどね、分からなくて当然だったんだ。
   だって、志貴くんは人殺し、わたしと住む世界が違ったんだもん。
   ひとを殺さないと生きていけない、そんな世界に居たんだもんね。
 
 ――――ことをせずに、そのまま彼の背後に回る。
 一瞬、遅れる彼の反応。
 
   でも、今は分かるんだ。
   こうやって、ひとを殺さないといけない身体になったせいで……
   こうやって、血をすすらないといけない身体になったせいで……
 
 彼が振り向こうとする、その瞬間、わたしは左手の爪を振るった。
 ぶちぶちと肉が千切れる感触――――びちゃびちゃとわたしの頬を濡らす返り血。
 
   ほら、こうやって殺すんだよね?
   ほら、こうやって愉しむんだよね?
   大丈夫、きちんと出来てるよ、志貴くん。
 
 
                            ―――だから、わたしのこと、待ってて……

418 名前:ヴェドゴニア ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/14(水) 23:13
>>417 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
「ク……ァッ……ッ!」
 
 やられた、迷いの隙を突かれた。
 背中を大きく、脊髄が露出するほどに抉られてしまっている。
 ビクビクと、全身が痛みに反応して痙攣する。
 痛い、本気で何もかも投げ出して死んでしまいたくなるほどに、痛い。
 
 ……だけど、ただ痛いだけだ。
 確信した――彼女は知らない、吸血鬼の本質を知らない、あるいは知識として浸透していない。
 吸血鬼は、心臓を貫かないと死なない。
 それがどんなに深く、酷く、致命傷であっても、例え真っ二つになったって吸血鬼は死なないんだ。
 たった一つのルール、心臓を殺られない限りは。
 
 事実、抉られた傷は既に再生を開始している。
 ゆっくりと、しかし確実に。
 対して、彼女からの追撃は来ない。
 ダメージを負わせた事に油断し、慢心しているのか。
 だけど……戦場でそんな余裕は無いぜッ!
 
 痛みを堪えて振り返り、その勢いをも利用して横薙ぎの一撃を繰り出す。
 驚きの表情、防がれた、構うモノか、どうせ本命じゃない。
 体勢の崩れたところへ、続けざまに突き込み、切り払い、切り下ろす、遠慮会釈なく次々と叩き込む。
 よくガードしているが、それもいつまで保つかな……!
 
「君に何があったか知らないけど……助けてはやれないけど……今楽にしてやるよッ!」
 
 それは、目の前の少女に向けた言葉であると同時に、自分への言い訳。
 彼女――を終わらせるしか術を持たない、ちっぽけな俺への。

419 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/15(木) 00:22
>>418 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
「痛っ―――――!」
 
                 右腕にぱっくりと開いた大きな傷。
                 熱い焼け付くような感覚。
 
 けど、これだけじゃなかった。
 
    左の脇腹に穿たれた穴。
    黒い鉄の異物が差し込まれ、中身を蹂躙する。
 
                 左の首筋に一筋の赤い線。
                 ぴしゃりと勢いよく吹き出すわたしの血。
 
    右胸が裂かれる。
    肉が断たれて、熱くて鈍い痛みがわたしを襲う。
 
 
「痛い………」
 
 凄く痛いよ、志貴くん。
 吸血鬼になった最初の時、寒くて、辛くて、痛かったけど、どれとも違う感じ。
 肉を裂かれて、抉られる――――こんなに痛いとは思わなかったよ、志貴くん。
 
 ……まだ、分からない。
 殺し合いを愉しいって思うより、痛いって気持ちの方が強いんだ。
 その辺りが志貴くんをまだ分かる事が出来ない原因だね………
 
『君に何があったか知らないけど……助けてはやれないけど……今楽にしてやるよッ!』
 
 ……………
 
 ……ふっと目の前が暗くなる。
 
 
   瞬間、浮かんだのは夕日が差すあの十字路。
   瞬間、浮かんだのは志貴くんとかわした言葉。
 
   『だからまたわたしがピンチになっちゃったら、その時だって助けてくれるよね?』
   『そうだね。俺に出来る範囲なら、手を貸すよ』
 
   あの言葉は物凄く嬉しかった。
   志貴くんがわたしを「弓塚さつき」と見てくれた上での言葉、そして、約束。
   はじめて、志貴くんがわたしをわたしと認めた上で約束してくれたんだ。
   
 ……………
 
 ……それを―――――――
 
「あなたは………」
 
 ナイフが迫る。
 ―――胸に込み上げる気持ち、そう、これは怒りだ。
 
「何も知らない癖に、軽々しく………」
 
 右肩に突き刺さるナイフ。
 けど、ひるんでなんかあげない。
 ―――こんな奴に志貴くんとの大切な約束を汚された気がして、
 
「助けてやれないとか、楽にするとか、言わないでよっ!!!」
 
 左手を握って、そのまま、あいつの顔に向かって繰り出した。
 ―――許さない……!
 
                       ――――そう、志貴くんは約束してたんだからっ!
                       ――――わたしを助けてくれるって!!
 
 ―――絶対に許さないんだからっ……!

420 名前:ヴェドゴニア ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/15(木) 01:18
>>419 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
 その、あまりの衝撃にのけ反る。
 単純で原始的、故に破壊力抜群だな、乙女の拳って奴は……。
 鼻血をまき散らしながら、グラグラ揺れる脳みそで、そんな場違いな感想を抱く。
 
 確かに軽率だったかもしれない。
 一体何があってそうなったかもしらずに、軽々しく言うべきじゃなかったかもしれない。
 だけど、その辛さは君だけじゃない、俺だってな……!
 
「一人だけ不幸の主人公気取りかよッ!」
 
 サド侯爵の愉悦を握り込んだまま、拳を叩き込む。
 快音、普通の女の子にやったら間違いなく人でなしだが、相手は幸い吸血鬼、コレでおあいこだ。
 
「俺だってな、毎日毎日陽の光を我慢して学校に通って、夜は夜でバケモノ共と殺し合いやってんだよ!
 アンタは何だ? なってしまった事を受け入れて、諦めて、終わってしまっただけじゃねェか!
 血の渇きに負けたんだ、アンタはッ!」
 
 酷い言いぐさだと思う。
 血の渇きを我慢しろだなんてよく言えたモンだ、この俺が。
 他ならぬ俺自身が、血に飢えたバケモノだってのに。
 それに、俺はまだ人間の振りをして学校に通うことだってできるんだ。
 彼女には、そんな選択肢なんて存在しなかったに違いない。
 本当に、酷い言いぐさだけど……それでも。
 
 もう、彼女に道はないんだ。
 
「認めろよ……終わっちまえよッ!」
 
 大上段から、ナイフを振り下ろす。
 自己嫌悪を噛み潰しながら。

421 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/15(木) 02:20
>>419 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
『一人だけ不幸の主人公気取りかよッ!』
 
 怒声とともにあいつが拳をわたしの顔に叩き込む。
 ぐらり、と揺れる視界、聞えるあいつの声。
 
『俺だってな、毎日毎日陽の光を我慢して学校に通って――――』
 
 何よっ!
 太陽の下に出れるだけでっ!
 学校に行けるだけでっ!
 
                    ――――十分に幸せじゃないっっ!!
 
 わたしはもうどんなに望んでも太陽の光を浴びることは出来ないのに………
 わたしはもうどんなに望んでも学校で志貴くん達とお話出来ないのに………
 
 薄暗い路地裏で眠りについた時、何回、夢見た事か………
 
 
    ―――休み時間、志貴くん達とお話することを……
         そう、例え、どんなに他愛の無い普通のお話でも良かった―――
 
    ―――光差す学校の中庭で、志貴くん達と愉しく昼食を取ること
         わたしを見てくれなくても一緒に居られるだけで良かった―――
 
 何回、泣きはらした目で目を覚ましたことか分からない。
 それをこいつは………!
 
『アンタは何だ?
 なってしまった事を受け入れて、諦めて、終わってしまっただけじゃねェか!
 血の渇きに負けたんだ、アンタはッ!』
 
 知らないよっ!
 目が覚めたら、いきなりこんな身体になっていて……
 しばらくしたら、身体がボロボロと崩れはじめて……
 
                    ……寒くて、痛くて、辛くて―――――――
 
 それでも、生きる為にはひとを殺して、血を吸うしかなくて―――――――
 もう、血の渇きとかいう話じゃないのにっっ!

422 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/15(木) 02:22
>>421 
 ぼやけた視界が元に戻っていく。
 ……最初にわたしの目に映ったモノは―――――
 
『認めろよ……終わっちまえよッ!』
 
 ―――――大上段にナイフを振りかざすあいつだった。
 
 振り下ろされるナイフの刃を右手で掴む。
 刃で深く右手が切れるけど、気にしない。
 ざっくりと切られて、血が止まらない。
 それでも、痛みは感じない。
 
 ―――――それ以上にわたしの気持ちはあいつへの怒りで塗り潰されているから…
 
「認めないっ、終わらないっ!!」
 
 あいつを睨みつけたまま、そう叫ぶ。
 
 そう、認めない、絶対に認めない。
 何故なら………
 
「志貴くんはわたしを助けてくれるっていったんだからっ!」
 
 ……絶対に志貴くんはわたしを助けてくれるんだ。
 
   ――――中学生の時、体育倉庫に閉じ込められた時。
         志貴くんは震えていたわたしを助けてくれた――――
 
 そう、今度もあの時みたいに助けてくれるんだ。
 寒くて、苦しくて、震えているわたしを助けてくれるんだ。
 
「それをあなたなんかに否定はさせないっっ!」
 
 左手を握って、あいつのお腹を殴りつける。
 ……まだまだ、こんなものじゃ済ませないんだからっ!

423 名前:ヴェドゴニア ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/15(木) 03:30
>>421 >>422 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
「グハッ……」
 
 ボディに叩き込まれた、痛烈な一撃に身を折る。
 吐き気を必死で飲み干して、腹を蹴っ飛ばした。
 反動で距離を取りつつ、再度ナイフを構えて、機を窺う。
 
「シキ……そいつがアンタの王子様か」
 
 あァ……俺は最低な奴だ。
 今から、彼女の心を折るために、最後の聖域を無惨に踏みにじろうとしてるんだから。
 だけど、未練を残したまま消え去るのは、やっぱりかわいそうだと思うから。
 いや、認めよう……彼女に最大の隙を作るために、俺はそうするんだ。
 
 ――正しく、俺は最低だ。
 
「そいつがアンタの何なのかは知らないし、聞くつもりもない、だけど……。
 アンタ、本当に助けてくれるなんて思ってるのか……そいつが、アンタみたいなバケモノを?」
 
 俺には助けてくれる人達が――モーラ達がいた。
 少女の爪を、冷静にナイフで捌く。
 右から左から縦横無尽に襲いかかってくるそれを、馬鹿丁寧に処理していく。
 それ自体は簡単だ、彼女は既に冷静さを失って大振りになってるだけだから。
 
「お姫様らしいっていえばそうだけどな、ちっと現実に夢見すぎじゃねェか?
 もう分かってるんだろ? 自分がどんなに人からかけ離れてるのか、終わってるのか」
 
 彼女には、誰もいなかった――――。
 時折、単調にナイフで反撃を繰り出す。
 そんな攻撃で、彼女にダメージを与えられるとは思っていない。
 
「おまえにはもう、何もない」
 
 ナイフを、柄がブッ壊れるんじゃないかと思うほどに握りしめる。
 吐き気がする、俺自身に。
 全ては、トドメを刺す一瞬に向けての布石。
 そう何度言い聞かせても、胸のいらつきは収まらない――いっそ、見逃してやれば。
 
 いや、駄目……それは、駄目だ。
 終わりのない時間に彼女を放り出すワケにはいかない。
 彼女は、きっとこれからもたくさんの人を殺して血を啜る。
 既に、彼女はそのことに禁忌を抱いていない。
 例えそれが彼女にとっての幸せであっても……それだけは看過するワケにはいかない。
 
 だから、俺は全てを押し殺して言葉を継ぎ、ナイフを振るう。
 少女を突き崩す、それだけの為に。

424 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/15(木) 21:33
>>423 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
『アンタ、本当に助けてくれるなんて思ってるのか……そいつが、アンタみたいなバケモノを?』
 
 うるさい!
           虚しく
 うるさい!
           弾かれる
 うるさい!
           わたしの爪
 
 あなたなんかに志貴くんの何が分かるのよっ!?
 志貴くんは半人前のあなたなんかと違う!
 志貴くんはほんもののひとごろしなの!
 
『お姫様らしいっていえばそうだけどな、ちっと現実に夢見すぎじゃねェか?
 もう分かってるんだろ? 自分がどんなに人からかけ離れてるのか、終わってるのか』
 
「うるさいっ! わたしはまだ終わってなんかないっっ!!」
 
 この身体になって、吸血鬼になって、わたしは志貴くんとやっと同じ立場に立つことが出来たの!
 今なら……
 
        わたしは志貴くんを理解できる。
        志貴くんはわたしを理解できる。
 
                           だから、志貴くんはわたしを助けてくれるのっ!
 
 それを何も知らないあなたなんかにどうこう言われたくなんかないっ!
 
『おまえにはもう、何もない』
 
「あるっ! わたしには志貴くんがいるんだからっ!!」
 
 許さないっ!
 こいつだけは絶対に引き裂いて、殺してやるっ!
 わたしの志貴くんを否定する奴なんて、皆、引き裂いてやるんだからっ!
 
 ――――わたしの意思に反して、弾かれる続けるわたしの爪。
 ――――わたしを嘲笑い続けるあいつの顔。
 
 喋るなっ!
 わたしの志貴くんを否定するなっ!
 
 ――――右手を振りかざす。
 ――――狙うはあいつの顔。
 
 その鬱陶しい口をもう2度と聞けないようにしてやるんだからっ!
 志貴くんを否定する口なんて、無いほうがいいんだからっ!
 
 ――――空気を引き裂いて、わたしの怒りを込めて、
 ――――わたしはあいつの顔に爪を振るった……!

425 名前:ヴェドゴニア ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/15(木) 22:51
>>424 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
 もう、彼女の目は俺と、俺のナイフしか見えていない。
 遮二無二打ち込んでくる彼女の爪は単純極まりなく、ただの反射行動として弾ける。
 こうし向けたのは俺、彼女の心を踏みにじったのは、間違いなく俺だ――――。
 
「認めろ……アンタはもうお終いだッ!」
 
 大振りの、顔面を狙った爪の一撃。
 だから、それじゃ吸血鬼は滅びないんだよ……アンタには経験のない事だったんだろうが。
 そして、俺はこの時を待っていた。
 
 大振りが故に、対処も簡単。
 ナイフを持つ腕に、最大限の力を込める――ギリ、と筋肉が鳴り、終わりへの力を蓄える。
 銃弾すら視認する俺にとって、全力を込められたその腕も、決して対処できない速度じゃない。
 俺の頭に彼女の爪が接触するかしないかの刹那を狙って……ナイフを持つ腕を振り上げた。
 爪と刃、肉と肉、骨と骨の衝突する音をさせて、少女の腕が跳ね上がる。
 
 そのまま前のめりになる少女の身体を受け止めて、耳元に口を寄せて囁く。
 
「俺の事だったら、いくらでも恨んでくれていいぜ……だから」
 
 散々、俺はナイフ一本だけで戦い続けてきた。
 そうすることで、他の攻撃があるという事を意識の外へ追いやるためだ。
 ある種単調ですらあるその攻撃も、布石。
 更に言葉を重ねて激昂させる事で、冷静な判断力を奪った。
 今、彼女にはナイフ――と、俺自身――しか見えていない筈。
 
 だから、今俺が彼女の心臓を捉えた左手の鈎爪は、まったくの意識の外。
 彼女自身が散々振るってきたそれを、俺が振るう事もできるという、至極単純な事実を彼女は失念した。
 故に、今、俺の手は彼女の中に潜り込み、脈打つ心臓を掌握している。
 次から次へと溢れてくる血が、俺の手を赤く濡らす。
 俺の手という異物があるから、再生も不可能。
 彼女の足下には、既に大量の血溜まりができあがっていた。
 
「アンタをそうした奴の事を教えてくれ……このまま塵と消える前に」
 
 こんな事を言う資格は俺にはない……だけど。
 せめてもの罪滅ぼし、いや、自己満足と言われても構わない。
 それでも、俺はこんな悲劇を生み出した奴を許すつもりはなかった。

426 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/15(木) 23:53
>>425 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
 弾かれるわたしの爪。
 跳ね上がるわたしの腕。
 嘲笑うあいつの言葉。
 
『俺の事だったら、いくらでも恨んでくれていいぜ……だから』
 
 恨む……?
 そんな生温いものじゃない………!
 今すぐにでも、引き裂いて、その口を塞いでや――――――――
 
 ―――――ごぶり
 
 わたしの口から唐突に漏れた音。
 わたしの口から唐突に漏れた赤。
 
「え………?」
 
 あいつの左手のわたしの心臓を握っていた。
 どうして、何時の間に………?
 
『アンタをそうした奴の事を教えてくれ……このまま塵と消える前に』
 
 わたしの頭が結論が出す前に、あいつがそう聞いてきた。
 
「……知らないよ。目が覚めたら、こんな身体になっていたんだから」
 
 わたしがそうを言い終わると同時に………
 
 ―――――ぐしゃり
 
 何が弾けた音。
 
 ―――――どさり
 
 何か倒れる音。

427 名前:弓塚さつき投稿日:2003/05/15(木) 23:53
>>426
 
 
 あれ、おかしいな………
 
 どうして、こんなに周りが暗いだろう?
 どうして、こんなに体が寒いんだろう?
 どうして、地面に倒れているんだろう?
 
 寒いよ、志貴くん。
 辛いよ、志貴くん。
 
「――――志貴くん、助けて。わたし、今、すごくピンチなんだ………」
 
 ……約束、守ってくれるよね?
 わたし、凄く、頼りにしているんだよ。
 あの約束があったから、わたし、どんなに寒くても、辛くても、渇いても、
 こうやって、生き抜くことが出来たんだ………
 
 
 あ、そうだ、志貴くんが来てくれるんだから、笑顔でいないと………
 そうじゃないと、志貴くんに余計な心配をかけちゃうし。
 
 うん、立ち上がって、志貴くんに………
 
 あれ、おかしいな。
 何故、立ち上がれないんだろう?
 こんなに手足に力を入れているのに………
 
「……志貴く…ん、ごめ…ん、手を…貸して……くれ…るかな。
 ちょっ…と、立ち……上がれな……いんだ、わた…し」
 
 
 ……………
 
 
 ……志貴…くん、遅い…なあ。
 わた…し、凄く、ピン…チなん…だよ?
 立つ…ことさ…え出来……ない……くらいに………
 
 
 ……で……も、待っ……てるか…ら……、
 …志貴く……んは遅……れても、必……ず来て…く……れる……って…信じ――――――

430 名前:伊藤惣太 ◆amVJEDOGOs投稿日:2003/05/16(金) 00:36
>>426 >>427 ヴェドゴニアVS弓塚さつき
 
「……そうか」
 
 その呟きと共に、左手に力を込める。
 手の中に収まった心臓は、思った以上に呆気なく、あっさりと砕け散った。
 彼女の身体を解放し、一歩後ろに下がる。
 地面に崩れ落ちて、俺の耳に――もしかしたら自分の耳にすら――届かない言葉を呟き続ける少女。
 途切れ途切れに聞こえてくる、シキという単語。
 血の海でもがきながら、決して来ない助けを待つ彼女。
 それも、吹く風に灰と散って――――。
 
 拳を、路地裏の壁に叩きつけて叩きつけて叩きつける。
 壁と一緒に俺の拳も砕けるが知ったことか。
 一緒に頭も打ち付けた、額が割れて血が流れる。
 チープな自傷、何にもならず、何も生み出さない感傷、それでも、俺はその行為を止められなかった。
 
「……血、もらっときゃよかったな」
 
 疼く牙に、今更気付いた。
 手に付いた血を舐める事で、無理矢理間に合わせる。
 俺だけが人間に戻り、血と死臭だけが立ちこめるそこを後にした。
 
 ……帰り道は、人目に付かないとこを選ばないとな。
 
「あの制服は、確か三咲町の……」
 
 そして、シキ。
 珍しい名前というワケでもないが、ありふれた名前でもない。
 これだけの手掛かりしかない、ないけど……。
 
「モーラ達……協力してくれるかな」
 
 何とか説き伏せてみるしかない。
 俺一人で何とかできるほど、俺の手は長くない。
 駄目なら……俺との協力関係を盾に取ってでも首を縦に振らせるまでだ。
 
 すっかり陽も落ちて、満月が闇夜を薄明るく照らす。
 この月を眺めて嘲笑ってる化物(フリークス)、吸血鬼共……残さずブチ殺してやる。
 こんなのは、もうこんなのはたくさんだ……ッ!
 
「おまえらが牙にかけた命の数だけ泣き叫べ……それから塵に還してやる」
 
 人目につかない路地裏で呟く俺の表情は、人にして鬼のそれだった。
 
(BGM:MOON TEARS)